ジェンダーを動詞にしないからいじめる

 セクシュアル・ハラスメントは、職場や電車の中といった閉ざされた公共空間における歪な優位性(主として男性にとっての当たり前)の発露であり、やる側に加害者意識などない(信田、2019)。自分のジェンダーをただ普通にやってるだけだからこその、加害だ。

 会社でフロア長から「結婚願望ないの?子供は?」と業務中に訊かれ、恋愛やセックスの話を問うてきて嫌がっても尋ね続け、私に「クズだなお前」と笑い、近くの女性社員に「君は性経験がどれくらいある男が好き?」と話し始める。そこから態度がより高圧的になる。そして、「大人しいと思ってたけど、訊けば色々話してくれるんじゃん!やっぱ職場環境いい方がいいからさ」と喜ぶ。そげない返事だと、「仕事って気持ちの問題だから楽しく働きたいんだよ俺」とえんえん怒られる。「じゃあ何も話せなくなるし、天気の話でもしてればいいのか」。うん、そうだし、そんな話も別にいい。仕事の話をしていればいい。彼は、別店舗の者に勝手に私のことを話し、その人からの外線に出れば、「お!新入社員のモテモテくんじゃあ〜ん!フロア長に変わってくれる?」。こうして雰囲気は、言動を強く制限したり促したりする(森山、2023)。彼は最初私に言っていた。「社会人らしく話すようにしてね、よくない言動がその都度言ってあげるから」。彼は上記の女性社員や客の前で私に、「俺のこと怖いの?」「俺のことパワハラとか言わないでよ?」などと頻繁に言い、定期的に「ねえ俺の娘ってどうやれば英語話せるかな?」「塾行かせた方がいいと思う?」と突然に言う。

 学校は会社の縮図で、教育は社会の種だ。学校が象徴的なように、ミクロな場でのふるまいが、いわゆる実社会へと拡大再生産されて、それがミクロな場面へフィードバックされる。そうして、秩序が固定化する。ジェンダー(当該社会である程度共有されている、性別に関する社会通念・行動規範など)は、それ自体権力を内包している(江原、2021)。そして、ジェンダー秩序は、性別分業と異性愛からなり、ほぼ自動的にさまざまな領域で性支配(女性・男性として社会的に構築された性別を持つ主体間における支配ー被支配の関係)を産出する(江原、2021)。

 ハラッサーのうち1人の彼は、「自分がされて嫌なことはしちゃいけない」を口癖に私を諫める。そして必ず、「自分がされたらこう思うでしょ?」というフレーズで私を注意する。それに対して、少し間を開けていたり、ふいに「私はそんなことはない」というようなことを言ったりすると、「自分はそう思わないかもしれないけど〜」と言い始める。自分の中の普通や常識をアップデートし、みだりに他人に押し付けないデリカシーこそ大切だ(長田、2019)。

 自分が何を嫌で何をいいと思ってるかは、可変的だし、相手のそれも可変的だ。そもそも、自分が何をされて嫌かと相手が何をされて嫌かは、関係がない。でも、自分と他者を、とりわけジェンダーセクシャリティといったものを、「所与の立場」のように静的に捉えてしまう。そして、ただ普通にしてるだけといういじめが止められなくなる。

 

【引用・参考】

江原由美子(2021). ジェンダー秩序【新装版】 勁草書房 

森山至貴(2023). 10代から知っておきたい女性を閉じこめる「ずるい言葉」WAVE出版

信田さよ子(2019). <性>なる家族 春秋社

長田杏奈(2019). 美容は自尊心の筋トレ Pヴァイン