2024年12月8日

 小学生のときいつも、さくらももこのエッセイを読んでた。字がいっぱいなのに笑えるもんでびっくりした。この本で「エッセイ」って言葉を知った。「さるのこしかけ」「もものかんづめ」「ひとりずもう」。御前崎でほんわか毎週ちびまる子ちゃんを観てる子どもの夢をチャーミングに壊すものばっかだった。家族も同級生も全然アニメと違う。そこも含めて「へえ~」って面白かった。
 メルヘン爺って話が衝撃だった。ももこの祖父(いわゆる友蔵)が亡くなった話。アニメと違って嫌なやつで大嫌いだった、っていっつも綴られてる。「祖父が死んだとき、頭に変な頭巾を付けられててメルヘンチックで腹がよじれた」というエッセイ。読んだとき、良くないものを読んでしまったと思った。巻末に、「苦情がすごかったけど、実際こう思ったから書いた。いいと思ってる。」というあとがき。いい悪いじゃなく、リアルな感じがした。とにかくどのエッセイも、とってもあけすけだった。
 編集の真似事みたいなことを初めてしてるけれど、相手のなかの「これが大事」「これはどうでもいい」をすごく冷たく方向づけてる気がして冷や汗でる。

2024年12月7日

1

 相変わらず、ずっと眠い毎日だけど、少し前よりいい感じ。インターネットで音楽を聴いてたら、「迷惑とコーヒーはかけちゃいけない」という歌詞が耳に入った。こういう修辞、つい惹かれる。たとえば、「辞書と風邪を引く」みたいな。そういえば昔、『日本語修辞辞典』という、国書刊行会が出してる分厚い本を買った。結局、8年で12ページ読んで人にあげてしまった。修辞は、1つずつ読んで勉強するものじゃない。あくまで、「なんだか惹かれるもの」だったんじゃないか。と今になって思う。

 正直すこし前まで、許せない人を不快にするために文章を書いてた。今は、好きな人たちがうれしかったり腹落ちしたりするために書きたく思う(というか、少し前から少しだけそうなっているように本人的には思う)。あまり音楽は詳しくないけれど、「きゅるきゅる私性格悪いからあの子の悪口絶対言わない」という歌詞の感じ。…歌詞の話が多い。

 かわいくてポップなものが個人的に好きだと思う。従順とかおとなしいとかいう意味じゃなくて、キュート(ラディカルでまだイノセントで親切)なもの。街で見かけた犬。不意にやったおみくじに書いてあった犬。…単に犬が好きなだけじゃないか。

 

2.

 知人が、never be seen as japaneseという文を書いて僕とZINEに載せるようだ。refusing to rent to someone because they are not japaneseなどについて書くとのこと。

 その人は、前は全部英語で書いて、誰かが和訳して何かに掲載してた。今回は、英語の部分だけ僕が和訳して「そんなこと言ってない!」かチェックする。というやり方がいいようだった。でも僕は英語が苦手なので、いったんDeepLに入れておおよその意味をつかんで、自分でまた和訳し直すようにする。

 3~6人でZINE(キキブーバvol.2)作って僕の文はナシにしたい。端的に、「マイクロアグレッション」「客体化」をテーマにしようと思う。

 

 インターネット番組への出演の企画が進んでるようだけれど、急に勉強不足を感じてきた。昨日、施設の人が僕にフェミニズムトークをしたとき、自分なりにいろんなことを話せはした気がした。クオリティはわからないけど、そのときのような自然体で真面目にやればいいのだと思う。

 それから、ずっと聴き始まくってるポッドキャストをやってる人と複数人で演劇を観に行く誘いが2週間前に来てたことに気づいた。現時点で緊張してる。まだすごく先なのに。

 自分、いちいちナーバスすぎないか。楽しい出来事そうだよ。

  

 

Navigating the World of ZINE Design

 ZINEの最初のページだけ紫色にしたいのにわけがわからない。紫色の紙を用意すればいいのかもと思ったけれど、紫色のプリント用紙なんて知らないし、それだと裏面も紫になってしまう。だいいち、プリンターをもってない。

 紫色の画像をページいっぱい挿入しようとも思ったけど、それは見た目が悪い気がしてやめた。ページの色を変えるやり方はわかったと思ったら、ZINEが前ページむらさき!やり方を、コパイロットの質問欄に入力しても、結局、紫色の画像を挿れるやり方。

 いま、「コパイロットに訊いても」って打とうとしたけど、擬人化してて妙で変なの!コパイロットで検索しても、って言うのも変な感じ。

 

2

 昨日月が綺麗だったから、おばあちゃんに電話した。話し始める前に「まあくんか」「まあくんだよ」と言い合ってからやっと話してくれる。僕は借金取りじゃない。大丈夫。

 月が綺麗だったことを連絡すれば、いわく「一昨日スーパームーンだっただよ!朝まで綺麗だったよ。いつもはお天道さまをお参りして、毎朝、まあくんが元気でいるかなあってするだけど、ついお月さまも拝んだだよ」。祈るのは僕にはなんだかわからないけれど、拝むことは素敵だ。って、わりと思う。

ブーケ(自分用)

 「フローラノーティス ジルスチュアート」の、金木犀のオードパルファンを時折つける。ジルスチュアートの、お花の香の色んなアイテムを揃えているライン。パルファンだけじゃなく、ヘアケア系とかバスアイテムもさまざま。

www.vogue.co.jp

 どれにしようか迷えば、店員が言う。「いくつか一緒につけるとよりいいですよ」。素直じゃない耳でつい聴いた僕は、複数買ってもらうことありきで言っているのかなと思った。「すべてお花ですから、ブーケと同じようにいろんなお花の香りでさらに素敵な香りです」。なんてかわいい会話。

 20mlサイズのパルファンにしたから、アトマイザータイプじゃない。小瓶をーたとええば腕にー逆さにあてて這わせる。少し花が手の内側に香る。自分だけにかぐわしい。

ビートルズの逆襲: 2001年の評価と時代性

 「KAWADE夢ムック“特集ザ・ビートルズビートルズの逆襲ー”」というムックを読んでる。ビートルズアンソロジーがひと通り出て、ベストアルバム「ビートルズ1」が出た2001年発行のムック本。いま(2024年)は、ビートルズの50周年記念盤が順番に出ているくらいだから、ビートルズを「再評価する」とか「あえて聴く」とか「むしろいい」とか「逆にいい」みたいなことはとうに超えているタイミングにあるように思う。「流行は20年で一周する」どころじゃなく、もう「何周め」とかではない時代性。文化的象徴とさえいえると思う。

 この本が出た2001年はどういう評価のタイミングだったんだろう。上記の公式ブートレッグとベストアルバムのリリースがあった折、「だからこそもっと再評価していこうよ!」ということなのか、そういう気運が充分あったからこそのそれらのリリースラッシュだったのか。なにしろ、サブタイトルが「ビートルズの逆襲」。どういう含意なんだろう。寄稿者(や語り下ろしの出演者)はほとんど全員が、リアルタイムかギリギリリアルタイムの中年から中高年の男性。完全な後追いの若者が登場している誌面ではない。

 サブタイトルと同じ「ビートルズの逆襲」という特集ページがある。これは、「ビートルズのおろかなホーム・ムービー」「ビートルズと同じ勲章なんてお返しします」といった、「ビートルズの活動当時に起こったビートルズ嫌いとそれに対するビートルズの逆襲」を記した各章(ビートルズ嫌いの文章ではなく)だ。こうしたページにこのムック発行時の、「ビートルズを21世紀につなごう、再評価しよう」という時代感が感じられる。

ビートルズのディスコグラフィー

 ビートルズディスコグラフィーにある、サージェントペパーズロンリーハーツクラブバンドを経てホワイトアルバムという流れも興味を惹かれる。喧噪のアイドル時代を経て、サイケデリアを(ひいてはフラワームーブメントを)経て、真っ白なアルバムカバー(インドでの瞑想)。

 初めてビートルズディスコグラフィーの紹介を読んだとき、各アルバムのアートワークについての言及もされていた。めちゃくちゃに派手なサイケデリックの時期をFab4は終えてー周りはまだその陶酔冷めやらぬなか―逆に真っ白なジャケットにエンボス加工されたバンド名だけ。華美で雑多な装飾の上が白色で均されているーそんな感覚を覚える。

 アルバム自体、雑多なアルバムなのにどこか綺麗な印象がある。ジョージ・マーティンが言うように、楽曲を削って2枚組じゃなくしたほうがいいアルバムになる。リスナーたちもそんな感覚があるから、四半世紀近く経ってホワイトアルバムチャレンジ(アルバム1枚分に曲を選ぶ遊び)が流行っているのだと思う。

 でも、「サイケデリアによるものではない雑駁さの記録」というのがこのアルバムのいちばんの魅力だと思う。「インドでの瞑想を経てこのアルバムを作った」と聞くと、すごく静かなアコースティックな曲からなるアルバムか、妙にスピリチュアルなアルバムという印象を受ける。でも、この曲はそんなアルバムじゃない。ロック、ハードロック、大昔のジャズ、ミュージックコンクレート、子守歌、バロックポップなどなど、ごった煮。それに、メンバーが不参加な曲があったり、メンバーじゃない人が参加してたり、メンバー同士がパートを入れ替えていたり、しっちゃかめっちゃか。

 各楽曲以上に、そんな様子自体がこのアルバムの内容であるように思う。

ビートルズの謎と文化的象徴:その歴史と影響

 ストロベリーフィールズフォーエバーのデモバージョンや別テイクを連続で聴いていた。サイケデリックロックってやっぱり聴いてると独特な陶酔感がある。そして、曲の終わりのセリフはハッキリと「クランベリーソース」と言っているのがわかる。これを「私はポールを埋葬した」という意味に聞き間違えた陰謀論者たちがいてポール死亡説の一因にされた部分なのに、とっても「クランベリーソース」だ。それに、本当に何の意味もない言葉だと思う。「クランベリーソース」なんて。本当に意味ないことに対して、自分たちの陰謀を投影して、別の言葉に聞こえ始める。陰謀論って恐ろしいなって思う。

 アビーロードのジャケットでポールが裸足だったこともその陰謀論の根拠にされていたけれど、それについてのポールの言葉も要するに「その場のノリだよ」というようなものだったように思う。本人がそう言ったとしても、「本人がそう言ってても無意識では~」「誰かに言わされていて~」とか言い始めたら、いよいよ最強の論理だと思う。陰謀論者とかスピリチュアリティって、いったいどういうものなんだろう。

 私は、音楽自体よりもその周りの出来事の興味深さで何かにハマって来たたちなので、こんなふうに陰謀論やスピリチュアルの場にさえされてしまうビートルズのそういう部分を含んで改めてこのバンドに関心が出てきた。「アップルレコードの経営破綻」「アランホワイトという悪徳マネージャー」「インドでの瞑想」「アイドルからロン毛&ヒゲ」「マルエヴァンスのメンタルヘルス」「レットイットビーというアルバムをめぐるゴタゴタ」「ジョージハリスンのスピリチュアリティ」「ポップであることとポール」…。なにより、「ジョンレノンの暴力性・問題性」いろんな時代やゴタゴタや文化の場であり象徴になってるところが気になる。だから、講義になったりドキュメンタリーになったり本になったりが尽きないのだと思う。