周りの人が見えてない

 引っ越してすぐドアを開ければ、知らない母子(おそらく)が勧誘をしていた。「ちょっと聞こえなかったのでもう1回言ってもらっていいですか?」と言っても、話が続く。「あ、ちょっと聞こえなかったんですけどなんて言ったのかもう1回いいですか、すみません寝起きで聞こえづらくて」とまた言う。それでも話が続く。「聞こえなかったから、ごめんなさいもう1回いいですか?」と再度訊く。あと数回聞き返しても耳に入らず、娘が変わってくれた。いい人そうな人たちだった。しばらく話す。「手術はできないんでしょうか?」「はい。代わりにより良い医療をします」「いわゆる代替医療ですか?」「そうです」。”代替医療”。

 スピリチュアルという言葉は、2007年以後江原啓之がさかんに用いて広く世間に認知されており、前向きに明るく語ろうという気分をカタカナに込めながら、「霊に関わる」という意味で使われる(堀江、2011)。このようなスピリチュアルなものは、宗教への忌避感を経由して、科学やコミュニティ然とした姿でブームになっているように思う。「あの宗教とは違う」「そもそも宗教とは違う」というふうに。そこでは、自己啓発のように、ラディカルなようでいて今の価値観を変えようというスタンスはみられない。例えば、体内記憶も胎教も、執筆者は圧倒的に男性が多く、リラックスによる胎児の成育や、知能を左右する働きかけといった、「女性としての役割」を積極的に担うことを説かれる(橋迫、2021)。

 大学院で、マインドフルネスの講義があった。心理学とスピリチュアルのギリギリの。毎回3種類くらいのマインドフルネス瞑想を行う。ZOOM画面で数十人が顔出しし、知らない先生の指示で目を閉じ、呼吸法をする。その感想を毎回提出する。

 講義の最後の方に、また瞑想。目を閉じ、「ンー」と言い続ける(マイクは先生以外オフ)。先生からの合図で、やめる。しばらくそれを繰り返す。でもやけにすごく長く感じた。画面の向こうの先生らの気配さえ感じなくなった。それでも続ける。静けさが続く。いっそう誰の存在も感じなくなってきた。15分経った。

 パソコンの充電切れだった。感想も提出できなかった。

 

 

【引用・参考】

橋迫瑞穂(2021). 結婚・妊娠をめぐるスピリチュアリティ 集英社新書

堀江宗正(2011). 若者の気分ースピリチュアリティのゆくえー 岩波書店